
熊本市整体!腰痛、ヘルニア、ぎっくり腰、神経痛
人間の心と身体の癒やしと修復。ストレス社会に生きる多くの方の駆け込み寺。6歳〜91歳老若男女問わず愛される整体院でありたい。北は福岡 南は鹿児島から県外からも来院多数。熊本県内全域から本当に身体の悩みを抱えている方に向き合っています。どこに行っても改善されなかった方は一度ご連絡を!!
※開業19年目になりました。
熊本を代表するTVタレントまさやん 来院(平成30年から年に数回御来院いただいております)
ジュニアオリンピック出場を決めた中2の息子とツーショット写真
熊本都市バス 柿原公民館行 宮尾バス停 下車 徒歩2分
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不明な場合は電話でお問い合わせください。
Google mapはKUMAMOTO腰痛・肩こりケアセンターと登録お願いします。
郵便番号 860-0072
熊本県熊本市西区花園7丁目15-7-1号
上熊本駅から当院への道順
熊本市北区方面の方はこの行き方が良いかもです。
光の森方面からお越しの方はこの道順がおすすめ。
1週間で回復するぎっくり腰や寝違え
ぎっくり腰(腰椎筋筋膜症)や首の寝違え(頸椎筋筋膜症)は筋肉を覆う膜の損傷ですので8割の方が回復に1週間を要します。
重症な方の残りの2割は2倍の2週間かかるのです。
4週間で回復する肉離れや坐骨神経痛。
肉離れは回復までに8割の方が4週間かかります。
残りの2割は2倍の8週間かかります。
坐骨神経痛と肋間神経痛、顔面神経痛を3大神経痛と呼びますが、傷ついた神経は回復するまでに肉離れと同じ4週間を要します。
12週間で回復する椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの重症な怪我。
前屈が十分にできなくなり下肢に痛みやしびれを伴うのが腰椎椎間板ヘルニアです。
反対に後屈が十分にできなくなり下肢に痛みやしびれを伴うのが腰部脊柱管狭窄症や腰椎分離すべり症です。
この症状は同様に頸椎にも起こります。
同じく前屈が十分できなくなり上肢に痛みやしびれが出るケースは頸椎椎間板ヘルニアです。
反対に後屈ができなくなり上肢に痛みやしびれが出るケースは頸部脊柱管狭窄症です。
いずれのケースも8割の方が回復までに12週間かかり残りの2割のほとんどが24週間で回復します。
結論からいうと3か月を経過して、当院が扱う関節ニュートラル整体の調整に反応しない患者さんは手術が必要です。
・整形外科でレントゲン、MRI検査で異常無しと言われた。
・腰痛の治療で整形外科を受診すると痛め止めの薬と湿布を渡されて終了。
本当は何が原因なの か、どうすれば根本から解決するのか知りたい。
・整形外科で検査、治療を受けたが、腰痛の原因は腹筋がないから筋トレしなさい。痩せなさい。とだけ言われた。また、整形外科の検査、治療の後ヘルニアと診断され、今は症状が治まっているがいつ再発するか不安
・整骨院で検査、治療後、腰痛の原因は骨盤の歪み、背骨のずれと言われたが、納得できない。
・姿勢が悪いのが肩こり・偏頭痛の原因と言われ、気づいた時に姿勢を正しているが改善する兆しがない
・腰痛の時、鍼灸を受けると、痛みは楽になったが根本は変わっていない気がする。
・一年に数回ぎっくり腰を繰り返している。このままだと車椅子になるのではないか不安。
すべてのお悩みにお答えします!
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当院の施術 関節ニュートラル整体は、痛みのある部分のみではなく、全身の検査と調整を行います。例え肩こりであっても、全身の検査と調整。腰痛(ヘルニア、ぎっくり腰、分離すべり症、脊柱管狭窄症)であっても、全身の検査と調整。を行います。なぜなら痛みのある部分が痛みの原因でなく、痛みを引き起こしている箇所が必ず存在するからです。
まず、全身の検査として立位で前屈、後屈、左右の側屈、左右の回旋 同様に首を診ます。施術はうつ伏せ、横向き仰向け、座位で行います。
重力方向を変えて施術を行うことで同じ背中(背骨)でも調整の意味が変わってくるのです。背骨は24個の椎骨と呼ばれる骨が24個連なっています。その骨一つ一つには動きがあります。動きとは(圧縮、牽引)(屈曲、進展)(右側屈、左側屈)(右回旋、左回旋)の8通りがあります。
例)
(圧縮、牽引)は可動域はありません。
我々はここの可動域をあそびとよんでいます。(ゆとりとか弾力、バネともよんでます)
この、遊びをつけることで、上記に示した可動域に戻す。
自然の状態に近づける事を関節ニュートラル整体を用いて行うのです。
誰しもが自然の状態、ありのままの状態、赤ちゃんのようなぷるぷるとした状態に戻りたいという願望がありますね。
残念ながら不老不死、過去に戻る事は、私の知る限りその方法はありません。
ですので、現在の体をできる限り自然な状態に戻し、自然治癒力を引き出すのです。
電話で何をするのですか?と聞かれた時は
「痛みもなく、バキバキはしません。関節をほぐします。本来備わっている関節の支点をつける事とねじれた筋肉を元の状態に戻す調整を行います。そうすることで、体にあそびとか
ゆとりとかバネを取り戻すことが出来、自然治癒力が生まれ症状の緩和に繋がるのですよ」 とお答えしています。
重複になりますが、関節には8方向にずれては元に戻るという機能が備わっています。8方向とは圧縮、けん引、屈曲、伸展、左右の側屈、左右の回旋のことです。8方向にずれては元に戻るという機能は巨大地震の衝撃を10分の1以下に緩衝するシステムに匹敵するのです。
ですので、衝撃を緩和する機能に不具合が起きると関節炎となり腰痛や肩こり・偏頭痛の原因となるのです。
では不具合が起きる原因は?
・運動のしすぎ、しなさすぎ
・急激な体重の増、または減
・職業による姿勢不良、
・内臓疾患、精神疾患、
・過去の転倒、事故。(私はこれが症状の一番の原因だと考えています)
によるもの等が考えられます。
KUMAMOTO腰痛・肩こりケアセンターは2006年の5月に地元、熊本市西区花園に初めての店を構えました。これに至る経緯を少しだけお話します。
私は野球好きのごくごく普通の少年でした。小、中、高専と部活は全て野球部に所属し、それなりに一生懸命に練習をしました。
小学校の頃の夢はプロ野球選手でした。しかし、体の小さかった私は、パワーのない自分なんてプロなんて無理と思い、勝手に夢を諦めていました。
父はごくごく普通のサラリーマンで、私もサラリーマンになってごくごく普通の生活を送るんだろうなと漠然と思っていました。高校は当時の熊本電波高専を選びました。高校と言っても高等専門学校でして、5年間の一貫教育の末,卒業して、就職先は,ぼんやりと憧れていた東京を選びました。ただ、熊本を出てみたかっただけです。
大きな夢も目標もありませんでした。会社名は差し控えますが、一部上場企業のいわゆる大手企業に勤めていました。都会の生活に少しだけ慣れた頃に、当時定期購読していた雑誌に東京療術学院案内の記事を見つけました。
すぐにホームページを見て調べました。
すると、パーソナルトレーナーを育成しますと書かれていたのです。
私は当時、本当に世間知らずの無知の無知でした。
無知の知という言葉さえも知らなかったと思います。
そんな私がなぜだかパーソナルトレーナーという言葉に惹かれたのです。
根拠の無い直感が働いたのでしょう。
すぐに入学して、会社勤めをしながら土日、祝日を学びに当てるという日々を1年間行いました。
1年後には会社勤めも辞め、スポーツクラブでのアルバイトを2つ掛け持ちしながらほぼほぼ毎日通いました。
真面目くらいしか取り柄のない私は、ひたすらに言われる事を学びました。
ある日の授業に参加した際 ある先生が私にこう言いました。
「人の体を作るというパーソナルトレーナーを目指すのであれば、まずは体を直す、正すことが出来なければ駄目だよ」目からウロコでした。
この言葉をくれたのが今の師匠、及川雅登先生でした。
この日を境に、及川先生に支持し18年経った今でも浮気せずに一途に学んでおります。 このような流れで時は進みました。
開業を決断する半年前くらいでしょうか。
当時27歳の私は師匠 及川 雅登の内弟子になるべく申しいれました。
すると、師匠は「豊原さんはまだ若い・・・ 熊本の星になってきなさい。
失敗したらまた戻ってくれば良い」と言って弟子入りを断られました。
悩みに悩んだあげく、地元に帰って開業の道を選びました。
開業したは良いものの、そこからは苦難の毎日でした。
東京の2つのスポーツクラブ内で整体の仕事をしていた24歳から27歳の3年間
予約を断らなくてはいけないほどに患者さんで溢れていました。
私の整体を受けて頂いた患者さんがサウナの中で口コミで広げて下さったのです。
今思えば、技術なんてひよっこそのものだったのにです。
その勘違いによる実績と、この技術の自信、確信もあって地元熊本で開業したのですが、1年目は月に20人から30人予約が入れば良い方で、1週間 電話が1件も鳴らないという日々が幾度も続きました。
狭いスポーツクラブ内で流行ったのだから、エリアを広げればもっと流行ると思い込んでいたのです。実際は逆ですよね。当時の自分に教えてあげたいくらいです。
あまりの暇さに耐えきれずに精神的には参っていました。
しかし、自分の腕と及川雅登考案の関節ニュートラル整体の技術は絶対に本物だという自信だけは失うことはありませんでした。
1年目の後半には中学校時代の同級生がHPを作ってくれたり、手作りのチラシを15キロ〜20キロ先の住宅街まで配ったりしてました。。
その甲斐あってか、少しずつではありますが通っていただける患者さんも増えていきました。
開業して4年目には現在のスタッフでもある文と結婚し、そこからは二人三脚で歩んできました。5年目くらいからは患者さんの数も増え始めはしましたが、時々襲ってくる暇との戦いは続きます。
そんなこんなで必死で生きていました。それから開業11年目を迎えたある日、当院の患者さんであります、ある社長さんに「先生、街で開業してみらんね?」と、声をかけられたのです。「場所は私の知り合いの所だけん心配せんでよかよ」との事でした。
臆病な私は街中を選ぶ事に躊躇しましたが、この社長さんと、店舗のオーナーさんの支えもあって街中(上通、並木坂 詳細は並木坂を御覧ください)での開業を決めました。
予約が入ると、バイクで10分の並木坂店にかけつけて整体をする。
ただこれだけの事ですが、なぜだか街中を拒絶していたのですね。
その後も、目の前の患者さんを喜ばせる事を一番に考え日々を送っていました。
しかし、突然その日はやってきました。
2016年 熊本に起きた震度6強の大地震。
それも、連日2回です。
この時は目の前が真っ暗になりました。今日、明日を生きることで精一杯であるので、ちょっとした腰痛や、肩こり程度では患者さんは来てくれません。
知人に頼って、アルバイも考えました。
だけど嬉しいことに、毎日、毎日、数人ではありますが、患者さんからの問い合わせ、ご予約があるのです。
賃貸として借りていた整体院は半壊の判定を受けて引っ越しを余儀無くしましたが、不幸中の幸いか、以前の整体院から徒歩2分の場所に新築の一軒家を購入することが出き、その家を自宅兼整体院として現在利用しております。
開業から19年経った今では以前では決して見えることのなかった体の奥の奥、いわゆる根本の原因がわかるようになり、患者さんの完治率も何倍にもあがりました。
2010年には長男 2014年には次男 2017年には長女も生まれ、患者様の為にはもちろんのこと、家族の為にも仕事に対して誠心誠意取り組んでいます。
現在も、2か月に一度ではありますが、東京の水道橋で行われている勉強会に参加し、新しい技術の習得、技術が劣化しないように師匠及川 雅登、兄弟子の仮屋 崇から叱咤激励されながらついていっています。
東京セミナーへの参加は19年間休むことなく続けております。
早いもので、今年の5月で開業19年目です。
今後の私の目標としましては、九州の各県に関節ニュートラル整体を扱う整体院を広めること。
これは何としても達成したい目標です。当院では関節ニュートラル整体の基本である関節ニュートラル整体MT法、応用編であるレベル1、レベル2の整体スクールも開催しております。詳細は 整体を学びたい方をご覧になってください。
もうひとつ、開業以来一貫しているのですが、どこにいっても改善されなかった慢性の腰痛や肩こり、ひざ痛、偏頭痛、股関節痛などで悩んでいる方を一人でも多く救うことです。
いろいろな出会い、縁のおかげでここまでやってくることができました。
これからも、さまざまな方々との出会い、縁を楽しみに、さらに5年、10年と自分に期待しながら生きていきたいと思っております。
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